2011-01-01から1年間の記事一覧

ID

この国には八百万の神がいる それは自然の驚異に対する戒めのようなもので そこに縋ろうという気持ちではない イエスキリストのような人はいない この国には ただイベントとしての聖誕祭はある 結婚式場としての天主堂らしきものはある 牧師の格好をした立会…

星の記憶

それは冬のせいではないそのメロディは 誰ともなく、灰色の町角からあふれ始めた それは雪のせいではないそのメロディは 何処からともなく、人々の脳裏を思い起こさせる それは孤独のせいではない共通した記憶などあるわけもないのに まるで自分の記憶のよう…

レトロフューチャー

彼が子供のころ、夢見てた21世紀は雑誌やテレビマンガで描かれた とてもクールな時代だった。 宇宙や深海は開発が進み、国の枠は世界連邦としておおらかな枠に収まり、 市民はコンピュータで管理されている。同様に気象も生産工場も食物もすべてコンピュータ…

彼の儀式

1988年の夏は暑かった 部屋にはエアコンがなかったから 産業道路を渡った向かいのコンビニが涼む場所だった ここらの小さな町工場は朝も昼も夜も働いてる。 そんなに稼いでどうするのかと隣の工場長に聞こうと思ってたら 土曜の朝、火事になってその工場はな…

海を見ていた頃

冷たい朝 まだベッドの中で丸まっていたかったのに 彼女は約束を果たすために、愛犬をつれてガレージを開ける 凍えそうな車内には古いジャズが録音された カセットテープが転がっている もうしばらくは誰も乗っていない車を横目に リードを括りつけた親友と…

腹ペコ戦争

兵士は腹ペコだった。 子供のころから腹ペコで、お腹いっぱい食べたことなんてなかった。 食べ物のことでいつも喧嘩になる。 最初は兄弟喧嘩だったが、今は国と国の戦争に広がった。 昔は戦争というのは宗教や文化の相違が問題だったらしいが 今は食べるもの…

真空

ガラガラと窓を開けると 空を流れる風の音が聞こえた 雲はなかったが、ごおぉっと高い空から聞こえる。 私はふと思い立って庭履きをひっかけて 裏木戸を抜けた。 決して誰かを困らせようと思ったわけではなく ただ、どうしても丘陵の森を見たくなった。 すで…

as time goes by...

甘いピアノは主張しなかった ただおもむろに最初の音を奏でると 乾いたベースも口を挟まず それに続いた よく磨かれたドラムだけが ときおり何かをつぶやく 半地下のバーの店内は客同士の会話もなく 燻る紫煙とグラスに融けてゆく透明の氷の向こう側で トリ…

2052年

40年前より活発な地殻変動が始まり 世界の潮位は徐々に上昇した。 それまで都市と呼ばれていた 札幌、東京、横浜、名古屋、大阪、広島、博多などは 海面下となり今はない。 北海道は東北海道と西北海道に島がわかれ、 房総半島も三浦半島も今は島と呼ばれて…

NINE

彼は外野だった。 それほど野球が好きだったわけでもないが 旧友の付き合いで弱小草野球チームにいる。 そんなわけだから向上心もなく 足りないメンバーの一人として この広い野原を担当している。 はるか遠くに響く金属音が たまの緊張感を与えてくれるが …

夢を継ぐ

見えない敵との戦いがそこらじゅうにある。 その戦いを見て見ぬふりをして 平和だと唱えることが本当に平和なのだろうかと彼は思う。 平和なんてのは夢なのだろう。 日々攻められる度に身を守り、隙をみて攻めこむ現実の中で、 手をあげて、戦いはない。ここ…

The Winner Takes It All

その幾何学的なビルの影を縫うように走る通勤電車に乗り込んだ彼は 都会の夕景を楽しむまでもなく、いつもの車窓から 見慣れた景色をぼんやりと瞳に映した。 にもかかわらず違和感を感じたのは あるビルとビルの間に垣間見えた瓦礫の町だった。 あんなところ…

空蝉

夏祭りに行くのなら浴衣に袖を通したいと言うので 夕立の合間、玄関先で彼女の身支度を待つ。 裕福でもなく貧乏でもなく、潮汐を重ね 当たり前のように現世に委ねる生活に わずかな疑問を抱くこともなくないがこの数年はとくにお互いを見つめるまもなく 過ご…

静かの海

ふと素足を滑り込ませれば 小さな波紋は永遠に広がり続けるはずの 漆黒の海。 夜の闇に何が潜んでいるかは判らないから 余計に怖いはずなのに。 彼女の気持ちはそれ以上に穏やかだった 迎えの船を待ちわびて 夜空に上る青い月を仰ぎ見る ヘルメット越しの遠…

やさしい王様

それまでは彼は王であり 誰からも親しまれ、頼られては絶対的な支持をもっていたのだが ある朝 どうにも困難な懸案に取り囲まれたとき 『私も被害者だ。』とこぼした。人々はなるほど たしかに王様は私たちと同じ被害者だ。 そうだそうだ 可哀相にとはならず…

No Nukes

混沌とした時代を生き抜いてきた彼にとって常にあいまいな態度をとることが処世術だった。明確に伝えないことがお互い傷つかない方法だと彼は言っていたが、単に自分が傷つくことを恐れていただけの腰抜けだったかもしれない。 そんな彼も明確な態度をとるべ…

もう許してあげようと、そっと縄をゆるめると 彼女の星は空をすっと落ちていった。 最初から彼女に罪なんてなかった。 彼はそれを知っていたのに、彼のエゴがゆるさなかった。 だから、彼女を自由にしたとき、彼もまた自由になった気がした。 すると いつの…

微熱

永遠というため息が青い空を流れている。 初夏らしい若葉が目に痛い。 体の弱い彼女は始まったばかりの学校を休んでいる 午後のやらかい日差しの中でお布団にくるまって微熱の耳たぶに カラカラと空き缶をけったり、リコーダーを吹いたり、 小さなおしゃべり…

明日への夕日

エンドロールの途中で暗幕から外へでると 西の窓からオレンジの光が廊下いっぱいを染めている。 彼を見失った彼女は 今 見終わった 少し悲しくて、少し馬鹿な映画の主人公たちが まるで自分たちのことのようで 少しうつむいたまま、ふとその人影に気づくと …

愛の中へ

愛って何だろう愛って何だろうと 先ほどからぐるぐると同じ角を曲がり、同じ景色の中、たどり歩く。 記憶の中の坂道を上っては下り 見えない雨の中に佇んでは何かに押し出されて、また歩き出す。

Re:call

おそるおそる彼女は細い右足を空中に浮かせた。 デジタルメータは恐るべき数字を示した。 と思いきや数字は昨日より一つ減っている。 彼女は鏡の前でほくそ笑えんだ。 昨夜は会社の同僚達と少し飲みすぎたかなと 反省の上でのことだったがなぜかラッキーにも…

並木坂

並木坂を上りきったところに小さなライブハウスがある。 彼らはそこで小さなライブを手短にやる。 小さな声で挨拶もそこそこに 最初の曲はバンドの紹介を絡めたいつもの曲だ。 ガツンとギターがローコードをかき鳴らせば ベースも負け時と地を這うように追い…

パラダイムシフト

(英: paradigm shift) その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、 社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することを言う。 パラダイムチェンジとも言う。 : : それまでの彼の生活と今の生活は大きく変った。 まるで数日…

ノーザンスター出版社

東北のほうに小さな出版社がありました 学生時代にサークルとして地元の情報誌を作ったのが始まりだそうです。 そのころはそのまま仕事にするとは考えていない彼らでしたが いつのまにかそれが本業になっていました。 地元の情報を取材して、校了を経て印刷…

a man

彼は泣きたかった。 子供のように 大きな声で その悲しみを吐き出したかった。 うぉおおおおおっつ!! 怒りは頭を飛び越えて天を引き裂くくらいにその果てしない嘆きを彼は誰かに伝えたかった。涙は大粒にこぼれて喉を埋め尽くすくらいに。 でも できなかっ…

拡散と凝縮

その深い空に手を注ぎ うんと背を伸ばせば 彼女の影もうんと背を伸ばす 春の光は淡く輝き 彼の白いシャツの背中に戯れ 拡散しては凝縮する 潮の香りは二人の間をすりぬけて ときには出会いの言葉をたどり、ときには 別れの言葉をさぐる 時間だけが、ここに留…

ナイフ

彼の胸にはナイフが刺さっていた。それはグサリと彼の心臓を射抜いている。 彼女の言葉。

時間旅行箱

普段は忘れられたような近所の境内も正月となれば 出店も出て活気がつく。 ふらり一人で参道を歩いているとおもちゃ屋の店先に 時間旅行機と書かれた小箱を売っている。 手作りの体裁で箱には小さな穴と取っ手がとりつけてある。 新年のご祝儀とばかり小箱を…