2010-01-01から1年間の記事一覧

聖夜

夕闇から夜にかけて彼の気持ちは急いでいた。 山頂のホテルに荷物を届け、荷を軽くしたトラックは尾根を下る。 数日前に降り積もった雪は昼間の暖かさで融解したものの 急に冷え込み始めたこの時間にまた凍ってしまうようにも思えた。 その前に山を降りてしまえば社…

案山子

風物詩として田んぼの野焼きをあちこちで目にする。 害虫の越冬を防止するためにも雑草を刈って焼くのだと農夫に聞いた。 白い煙が黙々と田畑を覆うようになると冬が近いなって気分にさせられる。 案山子君はまたひとりぽっちになってしまったらしい。 郵便…

化身

冬の夜、ベッドの中から窓辺の影が気になって そっとカーテンの隙間から外をのぞくと 美しくりっぱな白鳥がしずかに佇んでいる。 月の光はあったものの、それ自身が光り輝いているようで しばらく彼は呆然とそれを眺めた。 やがて 凛と首をもたげ 凍てつく大…

おぼろげ

夕暮れにたどりついたローカル線の駅舎から 顔をだすと霧雨が駅前のロータリーを濡らしている。 バス停の時刻表を覗くと少し前にバスは出てしまったようだ。 (30分以上もここで待たなければならない。) たしか、宿泊場所はここからそう遠くはないはず。 老駅員が教え…

戦で国が負けて

戦で国が負けてこれからどうしようか?と彼は高い空を眺めた。息苦しいまでに澱んだ空気は 秋風と共に何処かへ行ってしまった。 ただ阿呆のように雲ばかりを眺めているとあの執念と怒りはどこか別の世界のもののようだった。 夢だったのか それともこれが夢…

Everybody knows that

彼は他人よりも抜きん出ることに執念を燃やした。 いい保育園から始まり、いい学校を卒業し、いい会社に入社して、いい車を持ち、 いい女をくどき、いい家を築き、いい地位を得て、 ただそれらのために彼の毎日は費やされた。 老いてはいい老人ホームやら墓…

暗夜模索

遅い夜だった青々と伸びた稲穂が風を受けて 大きな蜥蜴のようになびく。 折からの台風の影響かもしれぬと 彼を乗せた電気自動車は田舎道をひたすら走る。 民家も人影もなくただ 整列した電信柱だけが 彼の行き先へと真っ直ぐ連なる ヒュンという音を合図に突…

タイスの瞑想曲

あくびしたくなるくらい のんびりとした夏休みの空 瀬戸内の海は静かに笑っているように輝く。 『パパ 海にいこうよ!』娘は彼の顔を見つける度にそう声をかけた。 『あぁ こんどな』 今度、今度と、ついに今度は来なかった。 ゆるやかに弧を描く国道は人影…

夕凪の町

繁華街の裏通りをふらふらと歩いてた。 記憶の中をさまよい歩くように確かこの辺だったような? 電車通りから入った狭い路地は意外と時間貸しの駐車場が多いことに気づく。 区画整理後の再利用待ち?ということだろうか。 勝手な想像をしながら残暑の中、焼…

オルフェウス

午後7時、足の悪い彼は夏山を一人、くねくねと歩いてる。 少し息が切れそうになると、ペットボトルの水を口に含みながら あの頃はよくこんな所まで、妻はついて来てくれたもんだと思ったりもする。 『 このさきだよね? 』 (数十年ぶりにたくさんの流星が…

リクエスト

ラジオでばあさんがSMAPの歌をリクエストしてたの聞いた。 昔、じいさんと朝日を見られた記憶とかぶるそうな。。 記憶の中の二人はいつまでもあの頃のままらしい。

天使の背中

もう 顔も覚えてないのに、彼女の華奢な白い背中を覚えている。 長い髪と薄い肩甲骨が よけいに細さを強調してたのかもしれない。 触れることも躊躇うくらい静かな時間がながれていた。 ずっと忘れていた記憶 奇遇にも地方都市で彼は彼女に再会した。昔の愛…

午后の陽だまり

別れのときになって ようやく見えてくるもの、 思い出すものみたいなのがある。 彼は空を仰いだ。 テレビがつまらない日は 角のコンビニで立ち読みしながら 彼の帰りを待ってたりとか 急な雨の日は傘を抱えて 改札まで迎えに来てくれたりとか 二人で 午后の陽だま…

古鯨

嵐の海を古鯨はもがいていた黒く大きな波が幾度も襲い掛かり、狂ったように風は吼える天を向いているのか海底を向いているのかもう分からなかった ただ長い時間、こんな状態がつづいていたので、古鯨は泳ぐのをあきらめかけた座礁したタンカーのように傾きな…

雪椿

雪が降った朝のことです。 いつも通る通学路の垣根の向こうに 白い椿が咲いていました 少し雪に埋もれて開いた花は見事です。 そういえば卒業製作の題材が決まってません これを描こう。そう思って、 彼女はそっと手袋のまま手を伸ばそうとしたのですが やめ…

鰹節

丁寧に鰹節を削るような人生 それこそがいい味になるんだがなぁと 最近、彼は思ってる

駅舎

小さな駅舎の改札には、誰もいなく すぐに発着する列車がないことを教えてくれる。 待合室の古い木のベンチには行商のばあさんが 居眠りをしながら、その時を待っている 壁にかけられた丸い時計は午後3時を回ったあたり。 日は少し傾いた頃だろうか、西日が駅…