海を見ていた頃

冷たい朝 まだベッドの中で丸まっていたかったのに
彼女は約束を果たすために、愛犬をつれてガレージを開ける
 
凍えそうな車内には古いジャズが録音された
カセットテープが転がっている
もうしばらくは誰も乗っていない車を横目に
 
リードを括りつけた親友と一緒に 外へでると
色深くなった裏山から鳥の鳴き声が一度だけ聞こえた
 
車もまだ通っていない国道をよこぎると、
朝日に淡く彩られた海の彼方に
彼女は予感という言葉をあてはめてみた
 
今日は何が始まるというのだろう。
 
突然 親友は浜辺を駆け下りて、岬の方まで行ってしまった
あんな元気が自分にもあればいいのにと
彼女はすっかり年をとったかのように少し笑った。
 
両手をポケットにつっこんでしばらくボーっと
海を見ていた。
 
そういえば昔、あの岬に登って家族で月見をしたこともあったっけ
彼女は短く愛犬の名前を呼ぶと踵を返して防波堤のほうへ歩く
 
生まれたての朝日を浴びながら
今日はひさしぶりに洗車してみようと思った。