2016-01-01から1年間の記事一覧

ほんとうのおわり

昨日の月を見に行くと 彼女は終電の山手線に乗り込んで 二週目の駅で降りた 彼らの住む町を訪れるには あの日からずいぶん時が経った 明かりの消えた商店街を抜けて 彼らの集う店の階段を昇ると 笑い声がすこしづつ大きくなる 癖のあるドアをガタガタと開く…

檸檬

たわわに実った檸檬が二つ 小さな枝をしならせている 冬が近づくたびに浅黄色に色づく よく晴れた空に一人 彼女の気分は檸檬のようには晴れない 新しい生活は始まったが 不安も多い 気分をかえて近くの公園を散策すると すでに広葉樹は半分ほど葉を散らせ 湿…

Étude No.3

まだ旧校舎があったころ 放課後、部室の前で彼女は 楽譜を忘れたことに気付いた 古い講堂横の狭い階段を通って教室に戻ると まだ何人かがクラスに残って喋っていた。 彼女の顔を見つけた友人が笑いながら 戻ってきた目的を言い当てると ばつが悪そうに彼女は…

故郷の空

南国の島は酷い戦いだった 彼は何度も心が折れそうになりながら 辛い選択をした。 このまま最後を迎えるのかと毎日思った。 隊員はみなボロボロだった。 西の岬にたどり着いて、いよいよという時に 若い隊長が振り返り、微笑んだ。 彼はハッとした。 (僕が…

難民漂着

真夏の深夜、呼び出しを受け寝室を出た彼は 秘書官から大勢の難民が漂着したと報告を受けた どこの難民だと聞けば、この国の難民だと言う。 この国? どういうことだ? 200名近くの難民は区の体育館に収容されていた ドアを開いた調査官はその異様さに驚…

初夏の車輪

夏の前の淡い緑に囲まれたホームにて 彼は別れを告げていた ここまで一緒に旅を重ねてきた仲間に 向けて、何を話していいのか少しの沈黙があった 仰げば、雲雀が澄んだ空の奥で鳴いている ありがとうと言えばいいのではないかと 彼は思ったが、何がありがと…

待合室

その終着駅には小さな待合室があった。 初夏の日差しは、 駅舎によりそうポプラの影を 小部屋に落とし、 涼しげな風は改札をとおり抜けていく 木製の長椅子の端に 白い服の彼女は一人陣取り 待ち人が現れるのを待っていた。 いくつかの列車は到着するも 彼女…

new year eve

新年おめでとう! そう騒ぎながら子供たちは ソリで丘を下っていった。 週末から降り始めた雪は 彼らの格好の遊び相手だ。 町は飾りつけの最中、女たちは 年を迎えるために掃除をしたり 料理を作ったり大忙しだった 男たちも、こんなときは女房の言いつけを …

心の回廊

人生は足し算です。 いろんなものをキャンバスに描き込んで 一つの絵を完成させます。 そんな絵が心の回廊に並んでいます。 それがあるときから 引き算でもあることに気付きます。 あえて描きこまないことで 絵は成立することがあります。 そのほうが難しい…

ごねんかん

かなしみが一瞬だとしたら さびしさは永遠なり 春のひだまりに 彼の白いシャツの背中に 顔をうずめた彼女も 乳飲み子を抱いて 泣くことも叫ぶことも 許されなかった彼も さびしさとの 戦いだったかもしれない こころに空いたブラックホールは すこしずつ小さ…

ロストタイムトラベラー

家に電話をかけた すると若い母がでた どなたですか?と問うので あなたの息子ですと彼はいった うちに息子はいませんといわれて 切られた もう一度電話すると家内が出た どなたですか?と問うので 僕です あなたの旦那ですと彼はいった するとすぐに電話は…

1972年

彼の通学時間は徒歩で30分くらいかかる。 親にせかされて家を出て、神社の前をとおり 農学校を抜けて、九官鳥が置いてある酒屋あたりが 中間地点、 そこから用水路に蓋がしてある市道をとおり バス通りを越せば、あとは正門までさほど遠くないが 近くに田ん…