2015-01-01から1年間の記事一覧

帰巣

気がついたらみんなそんな気持ちになっていた。 それまで打ち込んできた仕事や学業も 祈り続けた宗教や 想いを募りつづけた気持ちも どこかに押しやって 世界中の人々が朝起きたら そんな気持ちになっていた。 『帰らなきゃ』 一度は神様に身を投げ出した人…

1982年 休止

春先、翌年受験を控えた彼らは バンド活動の休止を宣言した。 足掛け2年のバンド活動は 去年の夏に敢行したライブハウス出演をピークに 熱が冷めかけていた ここを区切りとして スタジオを借り、身近な友人を集って 最後のお披露目会をやることにした。 しばらく演奏して…

悪魔

いままで何度か うまく行きかけたことがあった でも頓挫したことを悔いてもしようがない 今度はうまくいくよと 薄暗い半地下のカフェで老いた悪魔は笑った。 でも破滅させてしまうと ゲームは終わるよと もう一人の若い悪魔が囁く。 そうだなぁ だから 何度…

It's a little bit funny this feeling inside

西早稲田の長いエスカレータを下ると ちょうどホームに中華街行きの急行が入ってきた 平日のラッシュアワーだが もともと乗り降りが少ない駅だから 難なく彼は席に座ることができる。 おもむろに前を見ると若い男女がいた。 どこかで遊びの帰りなのか、二人…

いつも一緒にいたかった

原発の事故が起きる前は ここもいつもの場所で、 いつもの時間が流れていた 廻る季節にほおづえをついて、 空を流れる雲や 稲をわたる風に 秋を感じていた。 海は穏やかだけど、8月のようには人はいない。 時間は戻らないから、 元の生活なんてものも 期待は…

小さな庭

商店街で買い物をすると 金額に応じ小さなてスタンプをくれる。 何枚か集めるとカタログの豪華な景品と 交換してくれる仕組みだった。 彼女はスタンプを集め始めて三年くらいになる。 生活必需品や食料品を商店街で買い始めると 結構スタンプは溜まって、 台…

魚はたいてい死んでいる たまに生きてるものもいる それでも瀕死の重傷だ それでも美味いと食べている 魚は切り身で売っている どこの部分かわからぬが どういうものかも知らぬまま 人の身体に取り込まる 魚だけの話じゃなく いろんな死が並んでる 煮たり焼…

アポロの頃

「鉄パイプはやめて」 彼女はそう言った。 「殴られた相手は怪我するわ」 とも付け加えた 彼は驚いたようにふりかえると 西日がアパートの壁に忍び込む。 小さな部屋だった。 雨が降れば、雨音が 隣人が歌えば歌声が 二人の生活に割り込んでくる。 「楽しい…

少年A

彼が未成年の頃、犯した罪は 少年審判で裁かれた 彼は少年Aとして報道されたが 実名が伏せられた訳ではない。 セルの眼鏡をかけた 白髪交じりの裁判官は 静かに正しく彼と彼の家族に告げた。 今から君は少年Aです。 親が付けた名前や苗字はなくなります。 …

バリカン

見知らぬ国の見知らぬ町にて 髪を切ることにした。 路地裏の 古い扉を押して入ると 薄暗い店内には 機械式の座椅子に、 緑青淵の少しくすんだ鏡、 タイル張りの洗面台、 小さな薬箱の隣には 剃刀のなめし皮がひっかけてある たしか バリカン用のオイルも 並…

春秋

彼女は食事を少し残す。 それは子供のころからの習慣だった。 どんなに好物なものでも、 万人が美味しいと唱えるものでも 同じ。 給食でも、友達の誕生会でも、 親族との食事会でも少しだけ 彼女は食べ物を残す。 もったいないから全部食べなさいと 大人に言…

戦争は終わった

国益のために戦が始まり 武器を担がせた民を集い 戦地へ送りこむ仕組みを作り 机上の戦略を何度も重ね 幾度も失敗をかさね 国費を湯水のように使い 茶をすすりながら 講和条約を結ぶ。 窓の外では季節が流れ ようやく民に平穏が訪れ その短い平和の間に 反省…

イースターエッグ

その年の秋、 バンドは結成以来最大の危機を迎えていた。 無邪気な笑顔とハイトーンの愛すべきメンバーが 不慮の事故で他界してしまった バンドは絶頂期であり、まわりの大人たちは このドル箱を失うことに恐怖を感じた。 とりあえず バンドは休みを取ることにして この…

砂漠の海

どこまでも青い海には なにもいなかった 大地からの栄養分は 防災のために海岸線も川岸も コンクリートで埋め尽くされ 与えられることはなくなった プランクトンは減り、魚は減り 漁はなくなり、人は去った 海は青く美しく死んでいた

実験

発見というのは そんな簡単に現れるものではない 開発というものもその論理が 明確でなければ偶然の産物になってしまう 根拠が必要である 偶然に発見され、開発と称して 量産され生活に組み込まれたものが 本当はどういうものだったかなど 誰も知る由はない …