2020-01-01から1年間の記事一覧

生誕前夜

先が見通せないものを人は作ってはいけない 遺伝子組み換えの研究に手を染めていた彼女は偶然にもその新しい仕組みを得ることができたマウスでは何度も成功している その好奇心は次のステップを要求していた風邪くらいなら小さな邪気で済むではないか。その…

毒薬

その薬を彼に飲ませて 殺してしまえば あなたはお家に帰れるのよと 母親は彼女を吹き込んだ。 もういいじゃない帰っておいでよと 姉たちも彼女を諭す。 彼は彼女を愛する人には選ばなかった ただそれだけなのに 海の底から眺める月は 丸いんだか四角いんだか…

Within the sound of silence

竹林が伸びる坂道を古いバスが登っていく秋の夕陽を車体いっぱいに浴びながら 彼女は小さな家の庭の掃除を終えた広い集めた枯葉に火をつけると誰もいなくなった家で柱時計の鐘が鳴った 同じころ、表のバス停で一度停まったバスはギアを入れ替えて再び登りだ…

想い出ナビ

時間は流れるものだ。立ち止まり虚ろうものではない。 彼女の白いショートワゴンはガレージを出て北に向かう。ナビは目的地までを案内する 踏切があるとか、ガソリンスタンドを曲がれとか、あと何分で到着だとか情報を伝えてくれる。 その度に彼女は以前の記…

目が覚めるとそこは夏だった 蝉の鳴く声が窓のカーテン越しに飛び込んでくる 今は16歳、彼女はさわやかな朝を2階の子供部屋で迎えた 1980年といえばまだジョンレノンは生きている彼女は右腕のタイムディテクターをのぞき込んだ 私はこの時代に帰ってきた彼女…

ホンのひととき

それは夏の夕暮れのこと県道沿いに彼の家はある 夕食の支度の合間彼女は子供たちと玄関の段差に腰かけて夫の帰りを待っている なんの話をしているのか楽しそうな光景なのだ ラジオのリクエストアワーは夏の思い出の曲を流してる懐かしい歌だ こんな毎日こそ…

余命二時間

休日の朝 彼は簡単な朝食をとった後二階のベランダで煙草を吸いながらふと余命が2時間だったら何をしようかと考えた普通は余命といえば一年とか半年くらいの時間があり心身の整理もつくことだろうが。誰かに相談しても自分のことだし食事は取ったばかりだし…

2022年

陽炎が公園の遊歩道を揺らす午後日陰を求めて並木奥のベンチに腰掛けるとひんやりとした風が心地いい 東京オリンピックはよかったと隣に座った老人は呟いた ベンチは並んでいたが距離は離れている それでも独り言が聞こえるくらい静寂だった 老人は古い新聞…

新世界交響楽団

小さな町に楽団員は23名でした。酪農家だったりパン屋だったりメッキ工場の工員だったり信用金庫の営業だったり。 生まれた国も性別も年齢もバラバラでしたがみんな顔見知りでしたので譜面に忠実に約束を守ろうと考えていました。 町長はこの楽団をなんとか…

見えないものの影

来週から学校に行かなくてもいいらしい水曜日の午後、友達との話題はそれで持ちきりだった じゃあ毎日野球したり釣りしたりしてもいいの?もうすぐ春休みだというのに2週間も前倒しで休みがくるなんて彼は心が躍った 家に帰って母親にそのことを伝えると両親…

昨夏

仕事からアパートに戻ると結婚式の招待状が投函されていた 冷たい部屋でコートのまま彼女は封を切りぼんやりと差出人を眺めている 「誰がこんないたずらを?」 怒っていいのか泣いていいのか宛先のない気持ちがぐるぐると巡る 「またそんな顔をしてる」 彼は…

ママ

冬枯れの散歩道。公園の歩道で北風は枯葉を躍らせるダッフルを着込んだ彼女は小さな箱を抱えて重たい足を運ぶ みゃあと小さな声が箱から聞こえる彼女は聞こえないふりで、賑わう参道から外れた また声が聞こえた 箱をのぞき込むと子猫は丸い目でおなかすいた…