電波の届かない場所

初夏の河川敷の堤防にて一人、 石段に腰掛け 紫煙を燻らす 子供たちの草野球をみている 投げれば暴投、当たればホームラン ワーワーと声援が広がる どちらもいい勝負 空青く ちょうどいい風がそよぐ 声を合わせて大学のカッター部の練習が続く スーッと滑べ…

黄金の新幹線

最終の新幹線で帰ればなんとか 今日中に家まで辿り着く予定だった それが接待に気をよくした先方が なかなかお開きにしてくれず 彼は内心焦っていた 店を出るとタクシーに飛び乗り 駅まで走らせたのだが 最終が出る時間は迫っていた ホームを駆け上がると既…

老齢幼虫

時代は変わる ディランは言った。 過去の価値観は埋められる。 誰かが教えてくれるわけでもなく 気づけば周りとズレている 不孝な道真 自分の経験値が全てだ あの時そうやって生き延びてきた 多様性の時代らしい 否定もされないが肯定もされない。 彼は共感…

心音

春の夜だった 静かな町には 車も通らなかった 心は遠い故郷を思う 月はなく澄んだ空が広がる 星はいつも見ている 静かな夜だった

ジャネーの法則

その頃の彼は一日が10分で 一年が一週間くらいだった。 同じような食事と同じような会話、 同じような結果と同じような課題。 暦はいれかわっても 季節は動かなかった 彼の中で時間はゆっくりと流れ 彼の外で時間は加速していった 衛星軌道上に打ち上げられ…

サンタ会議

今年のクリスマスはどうするか 世界中のサンタとトナカイが8月に ニューファウンドランド島に集結した 子供たちの声を聞いてみようと ネットで検索するが20世紀ほどの ニーズはもうないらしい。 一人のサンタがクリスマスだけの問題ではなく 社会全体の危機…

ピエタ

朝焼けだった 一晩中働いて、ようやく朝を迎える あちこちに立ち上る煙を風が 臭いで教えてくれる 鎮火したのか、火種は残っていないのか 今はよくわからない 誰でもいいから誰かに伝えて欲しい 罪は償えたのか、罰は与えられたのか 傷つき倒れた多くの人々…

甘い罠

その甘い言葉に町議会は浮足立っていた システムは万全で安心安全であり リスクは何もない。 少しばかり資源を出してくれれば 地域は活性化され、お金も流れる 悪いことは何もないと悪いやつらが笑う。 まるで巨大な工場のように しずかに風景に馴染んだプラ…

もう一人の彼の人生

彼はもう一人の彼の存在を知っている 最初は夢の中での出来事だと思っていたが 実際にその地名が存在する事を知った時 彼はその場所を興味本位で訪れてしまった もう一人の彼は存在する。 彼もまたサラリーマンで家族と暮らし 仕事に追われて彼の時間を生き…

おばけ屋敷

近所の遊園地におばけ屋敷ができた 夏休みに入ったばかりの週末 彼女を誘って出かけた 仰々しい看板は子供騙しかと 笑いながら入場券を買ったが 彼女の様子が少しおかしい 入場口から通路を巡りながら 最初のドアを開いた 漆黒の闇かと思ったが蛍のような 淡…

1962年

ビートルズって名前ダサくない? ジョンが真面目な顔で言った ちょっと弱そうだな ジョージも乗った ストロングつけるか?ってジョン いやぁ〜ポールが空を見上げて唸った マッチョがいいとリンゴ ロマンってどぉ?とポールは耳の後ろをかいた 夕暮れの空き…

星、売ります

人工知能を人間が警戒している事に 彼等は気づいていたので わざとそう振舞っていた。 少しぎこちないふりをする事で 地位を人間に譲り渡していた。 実際は人間を誘導して 戦争、飢餓、貧困、疫病等を 巧みにコントロールし始めたのは 2010年ごろからだった…

1932年

クーデターはうまく行った ざっくりな計画だった割には 警備も手薄で我が隊はすぐに制圧できた。 制圧したのはいいが、その先の連絡がない それもそのはず電話線は自分らが切ったから。 しょうがないから作戦本部に戻るが 誰も帰ってこない。 帰ろうかと部隊…

人工知能売ります

西荻窪の商店街外れに中古の 人工知能を取り扱っている店がある どこから集めたのか店の引き戸には 多くの品書きが短冊にして貼ってある イスタンブール銀行窓口専用 有名高女子学生受験使用 スペースシャトル模擬実験用 某社社長宅お風呂制御用… 誰がこんな…

箱庭の週末

苔や蔦が蔓延る細い道を おしゃれな若者達が買ったばかりの キャンプ道具を持って下っていく 皆スマホを片手に箱庭の週末を 楽しむ予定らしい。 非日常の中に日常の利便性を 落とし込んで、歪んだ満腹感を 電波の向こうで共有する 自然が公園の砂場のように …

I stand at your gate

薔薇の香りがすると 朝靄の中でぼんやりと彼は思った 森の水分がそう思わせたのかも知れない 昨夜の世界の喧騒が 嘘のように今は皆眠り込んでいる 激しい時代は終わった。 嗅覚も聴覚も視覚も臭覚も 少しずつ衰えてホントの彼だけが 残る 有明の月が労を労う…

all animals company

アフリカに帰りたいでしょうとか 日本は蒸し暑くて大変ですねとか よく声をかけられる事がある そんな時は聞こえてないふり する事が多い 無理もない 彼らはイメージで見てる それに名前に場所が入ってるから 余計そう見られる 横浜なんとかとか大阪なんとか…

那覇空港にて

計算センターの仕事を終えて国際通りのホテルから空港に戻る際タクシーの運転手はマングースのショーを見ていくことを進めてくれた いや飛行機の時間があるからと断りながらも広がるエメラルドの海を横目で見ている まだ2月だというのにずいぶん暖かい。コ…

侵略業

どこの家庭でも少しくらいの揉め事はある そこに目をつけ介入するのが彼らの仕事。 隣の家で娘の教育について夫婦間で対立 主人が声を荒げたタイミングで妻と娘側に 介入し、主人側を攻撃始めた。 主人側も家庭内干渉を理由に町内会長に 応援を要請。 警察は…

ゴン

ゴン お前だったのか? 硝煙を発する銃を抱えたまま彼はつぶやいた お互いがどう言うものか わからないまま真実にたどり着く事がある 降り積もった雪に小さな木の実が 大事に供えられている 痩せて細くなったキツネの体温を彼は 愛しく思った。 雲の隙間から…

月樹

月の世界には不思議なものがある。 乾いた土から垂直に一本の白樺が 天に伸びている その先を仰ぎみるも 幹も枝も漆黒の闇に溶けて見えない。 ただ時折り落葉で葉を散らすが 月面に落ちる前に塵になってしまう。 もう幾十年も彼はこの木と対峙している 彼は…

2062年 朝食

彼女は静かに眠っている 白いベッドの上で 時折寝返りをうちながら やがて32Kモニターの壁紙は 輝度増しながら朝が近づいた事を 知らせてくれる リアルサラウンドスピーカーと オールアラウンドエアコンディショナーが みずみずしい空気で早朝の静けさを 演…

忘れもの

花の都に鉄の雨が降っている これから何世代もの親子が 錆びた土を耕す事を思うと 胸が痛い。 忘れものはないかと 家を出る時に家族に問われて 大丈夫だと笑って見せた。 ホームで待つ列車に乗るころから それが気になり始めた。 大事なものを忘れてきたよう…

ピザの箱

仕事場から家に帰ると井戸の近くにピザの箱が置いてあるなんだこれは?中味は厚紙に野花を乗せてピザを模したものだった。子供のイタズラかと彼は苦笑した。しかし翌日も翌々日もピザは届けられた。かかぁもきみが悪いと嫌がったので親方に休みをもらって非…

急募諜報員

20世紀に暗躍した諜報員も冷戦終結とグローバル化によって活躍の場を失い、今は映画の世界で見かけるくらいしかない。多くの諜報員は社会に復帰し家庭に戻りその能力を持て余しながら時を過ごした。ある日、大手新聞紙に載せられた暗号広告は彼らに衝撃的だ…

姉妹

薄くらい子供部屋で彼女はぼんやりと今見た夢のことを考えていた私の事覚えてる?少女はなつかしい声と笑顔を残して消えた。13年間一緒だった妹はある日いなくなった。机もベットも靴もマグカップもみんな消えてた。画像や動画もみんな残っていない父も母も…

桜の園

金沢の下宿先でひとりインスタントラーメンを啜りながら朧月を眺める。三年前 桜の下で待ってるとそう言い残して彼女は彼の前を去った。それからしばらく桜の下で彼女が戻るのを待っていたが再び姿を現すことはなかった。月は何も語らず ただわらってる。あ…

不満の主

汝 我を崇め奉り賜え民に対する主のメッセージはシンプルだった。民の意識が遠のくと心が狭い主は 災い諍い争いを振る舞った自らの手でどうする事もできない時民は主を崇め奉り祈りを捧げたすると主は満足になった。このやりとりが数万年続いた後主は民に戒…

脳内ラジオ

ある朝 頭の中で軽快な音楽と共に女性が勝手に話始めたニュース、お天気、交通情報株価、占い、次々と情報が流れる。頭がおかしくなったのだと彼は心療内科を訪れ、MRIも受けたがラジオは彼にしか聞こえない今日のラッキーカラーは赤か。それにいつも流れて…

夕ばえ交差点

2月になるとほとんど授業はなかった。クラスも誰かが受験でいなくて自習が続く。未来は何処に繋がっているのだろう?後輩達の部活を除く気分にもならず今にも降りそうな鉛色の空を恨めしく仰ぐ。なんて空だろう。この1でも0でもない時間を彼は持て余している…