夕ばえ交差点

2月になるとほとんど授業はなかった。クラスも誰かが受験でいなくて自習が続く。未来は何処に繋がっているのだろう?後輩達の部活を除く気分にもならず今にも降りそうな鉛色の空を恨めしく仰ぐ。なんて空だろう。この1でも0でもない時間を彼は持て余している…

月の雫

冬の月は冷たい空に凛として静かに笑ってるすべてわかっていると言わんばかりにもう大丈夫だと慰めるように彼女がいつも笑っている事ですっかり彼はそれ以上の事を考えていなかった。君の笑顔の向こう側にある哀しみに僕は届く事ができないそんな歌が昔あっ…

冥土の土産屋

旅の終わりに冥土の土産屋に立ち寄った。 何か特別なものがあるわけではなく 普通の土産物屋だった。 お菓子や煎餅、漬け物やお茶みたいなものが並ぶ キーホルダーやコスメ、ガイドブックなども売っている 外国人の売り子さんがカタコトの日本語で お勧めの…

最後に聞いた

この町を離れることになったと 知らされて そうかって言ったけど。 次の言葉はもう口からは出てこなかった 次に進む道を見つけたと言ってくれたけど よかったねと伝えた後はもう 何も聞こえなかった。 小さな喫茶店を包む音や光や 空気の温かさは変わりはし…

準急が停まる静かな郊外に家を構えた私鉄系の不動産屋の建て売りだが家族も気に入っているお隣も同世代らしく似たような家族構成だった。ご主人は勤め人らしくスーツ姿で毎朝 家を出るたまに駅までの道のりをご一緒するが腰の低い丁寧な人だ。奥方も明るく話…

続々リターナー

10年前に戻れるなどとはにわかに信じられなかったしかし目の前の女性特務官は持論を何時間も唱えているとにかく小さな機械に押し込まれると自然に睡魔が彼を襲った。さっき飲まされた薬のせいだろう…目が覚めると夜だった。不思議な夢を見たもんだ。隣で女房…

続リターナー

時間を行き交う機械だと知らされたのは実験の1時間前だった。これから10日前に戻ったあとの注意点を真面目に開発主任の女性技師からレクチャーを受けた海上自衛隊技官の彼にとっては何かの冗談かと思ったが上長の神妙な顔を見て少し焦った。独身で次男という…

リターナー

時間を行き交う機械ができた。 すぐに実験が始まった。 最初に未来に向けて実験を行ったが 100年後も10年後も10日後も 失敗だった。 次に過去に向けて数名が旅立った。 移動機は空っぽのまま 誰も戻ってこなかった。 夕食の時、開発主任の彼女は、娘にぼや…

North by Northwest

夏休みの初日、テレビのニュース速報で戦争が始まったと流れたそれから毎日戦況がニュースで報告されワイドショーで取り上げられクイズ番組やお笑いでもネタになった北海道で最初の爆撃があったとか、その影響で流通が滞り気味になり物価が上がったとか、混…

火矢

ロケット花火より細くそんなに遠くにも飛ばないのだが安いので子供達には人気だった。ヒュッと田圃の暗闇にとけると向こう側でパンっと音がする。静けさが訪れた後でゲロゲロと蛙が泣き始める昼間の暑さからすれば少しは空気も冷めたろうか?学校で盆踊りが…

月の砂漠

静かの海に浮かぶ古いアポロを探査に出たローバがスタックしたというので急遽回収の指示が彼に下った。アウタースーツを着込んでなんとか夜になる前に現場に到着し新人ドライバーの彼女と一緒に壊れたローバを掘り出し牽引しながら帰路についた。バッテリー…

タイムマシンドライバー

送迎用のタイムマシンの調子が悪く予定のコースを外れて漂着してしまったすぐに救難信号を出して救助を待つ間クライアントには難民キットを装備させたしばらく彼らは夢の中だ少し歩いてみようと彼は外に出た。ひんやりとした夏の朝だった。運河を渡って彼は…

妖怪 テレボウズ

WEB会議が始まったそれぞれがカメラの前で討議した窓を背中にした社員が熱く自論を展開した。いつもは聴き役の彼だからまわりの者もオヤっと思った。次第に白熱し経営陣の批判を繰り返すと同調して何人かが続き、会議が脱線した。やめなさいと上長が注意して…

なりすまし

彼女は3年前に採用されて品川のオフィスで貿易関係の仕事をしている。実家は信濃の豪農で東京の学校を出て就職を決めた。三人姉妹の長女で彼氏はいない。血液型はBである。ただ当人とは別人である。戸籍上の彼女は幼い時に肺炎で亡くなっていて墓は実家の近…

2042年 さよならジョバンニ

朝が早かったので誰にも言わずにいつもの鞄を持って旅に出た。 ここのところ皆、疲れているようなので 彼なりに気を使った感じだ。 指定席なのか自由席かわからなかったが とりあえず空いてた窓際に腰を下ろして 朝霧の車窓を楽しんでいる カセットが入って…

1942年 ラングーン

ラングーンに着いた翌日は雨だった。本土空襲の話を新聞で目にして更に彼は気を滅入らせた。 古い友人で従軍記者のH氏が気を利かせて郊外まで車を回してくれた。南国の割には気候は 穏やかなのかもしれない。 最近おもしろいものが見つかったのだとH氏は言う…

古丁

そのテーラは古い商店街の奥にあるらしい。休日の午後 その賑わう商店街へ彼は妻を伴って訪れた。 鉄骨を塗装したアーケードに並ぶ店々は雑貨屋だったり惣菜屋だったりとどこの店も趣がある。 戦後の闇市が前身だというから歴史は古い。 探し回った挙句見つ…

最後に見た夢

そういえば 同じような事があったなぁ 彼女は春先の満月を眺めながら そう思った。 これから きっとあの頃と同じように 閉じ忘れられた窓から流れ込む風が空っぽだと言うことを 思い知らされるんだ。 しばらくはそういうことなんだ何気ない毎日の中で一つの…

ヒューマンオークション

年齢性別人種国籍を問わず本人の意思に関係なく売買が成立するヒューマンオークションというのがある。 家柄容姿資産功績を問わずネットワークに登録されたデーターサーバーから無秩序に出品された人物に入札者は価格をつける 期日までに競りあい落札者がそ…

時間砲

異常気象、地殻変動、新型細菌、放射能汚染あらゆるリスクを21世紀の人類は抱えていた すでに一つの国家や地域の問題ではなく世界共通の主題となった。 物理学者、歴史学者、政治倫理、医療、SF作家など多くの人材が招かれて原因と解決を討議した。 半年の時…

迷走

会社員であるからには勤務地の移動はや無得ないものがある。 そう割り切れるものならば。 年末に内示が出て4月には移動しなければならない状況に少し前の彼はあった。 何度か訪れたことのある地方の工場だから顔なじみがないわけではないが、そこに住むとな…

未来からの挑戦

過去の積み重ねが未来に繋がるのなら未来もまた過去に繋がっている 今、目前の苦難にどのように立ち向かうかで未来人の生活は大きく変わる。 すでに現れている苦難は未来が大きく変わる音だ。 大気や海洋の汚染、自然界以外の放射能の拡散、多量の電磁波によ…

生誕前夜

先が見通せないものを人は作ってはいけない 遺伝子組み換えの研究に手を染めていた彼女は偶然にもその新しい仕組みを得ることができたマウスでは何度も成功している その好奇心は次のステップを要求していた風邪くらいなら小さな邪気で済むではないか。その…

毒薬

その薬を彼に飲ませて 殺してしまえば あなたはお家に帰れるのよと 母親は彼女を吹き込んだ。 もういいじゃない帰っておいでよと 姉たちも彼女を諭す。 彼は彼女を愛する人には選ばなかった ただそれだけなのに 海の底から眺める月は 丸いんだか四角いんだか…

Within the sound of silence

竹林が伸びる坂道を古いバスが登っていく秋の夕陽を車体いっぱいに浴びながら 彼女は小さな家の庭の掃除を終えた広い集めた枯葉に火をつけると誰もいなくなった家で柱時計の鐘が鳴った 同じころ、表のバス停で一度停まったバスはギアを入れ替えて再び登りだ…

想い出ナビ

時間は流れるものだ。立ち止まり虚ろうものではない。 彼女の白いショートワゴンはガレージを出て北に向かう。ナビは目的地までを案内する 踏切があるとか、ガソリンスタンドを曲がれとか、あと何分で到着だとか情報を伝えてくれる。 その度に彼女は以前の記…

目が覚めるとそこは夏だった 蝉の鳴く声が窓のカーテン越しに飛び込んでくる 今は16歳、彼女はさわやかな朝を2階の子供部屋で迎えた 1980年といえばまだジョンレノンは生きている彼女は右腕のタイムディテクターをのぞき込んだ 私はこの時代に帰ってきた彼女…

ホンのひととき

それは夏の夕暮れのこと県道沿いに彼の家はある 夕食の支度の合間彼女は子供たちと玄関の段差に腰かけて夫の帰りを待っている なんの話をしているのか楽しそうな光景なのだ ラジオのリクエストアワーは夏の思い出の曲を流してる懐かしい歌だ こんな毎日こそ…

余命二時間

休日の朝 彼は簡単な朝食をとった後二階のベランダで煙草を吸いながらふと余命が2時間だったら何をしようかと考えた普通は余命といえば一年とか半年くらいの時間があり心身の整理もつくことだろうが。誰かに相談しても自分のことだし食事は取ったばかりだし…

2022年

陽炎が公園の遊歩道を揺らす午後日陰を求めて並木奥のベンチに腰掛けるとひんやりとした風が心地いい 東京オリンピックはよかったと隣に座った老人は呟いた ベンチは並んでいたが距離は離れている それでも独り言が聞こえるくらい静寂だった 老人は古い新聞…