古丁

そのテーラは古い商店街の
奥にあるらしい。
休日の午後 その賑わう商店街へ
彼は妻を伴って訪れた。

鉄骨を塗装したアーケードに
並ぶ店々は雑貨屋だったり
惣菜屋だったりと
どこの店も趣がある。
戦後の闇市が前身だというから
歴史は古い。

探し回った挙句見つけた店の近くに
歩き疲れた妻をベンチで待たせて
彼は店先から中を覗き込んだ。

眼鏡をかけた白髪の女性が接客中らしい
彼は持ってきた箱と一緒に
足を踏み入れた。掃除の行き届いた店内は
古くはあるが不快ではなかった。

三十年も前の話だ。
訪れた事がある。
社会に出る華向けに父は彼を連れて
紺のスーツを新調してくれた

今思えばあの日の父の気持ちは
どんなものだったであろう。
箱の中身はその時のスーツだった。
店主らしい白髪の女性は
たしかにこれはうちで作ったものだ
裏地を見ればすぐわかると目を細めた

あまり着る機会がなかった事を
詫び傷んでいる部分の修理を頼むと
奥に引き上げた彼女が戻ってきて
生地を確認したが大丈夫そうだと
言いかけると奥から

仕事着のまま主人が姿を現した
あの日採寸しながら父が
丈夫なものにして欲しいと
何度も頼んだ事を懐かしく
覚えていると彼に伝えた。

夕暮れの商店街
出来立てのコロッケを摘みながら
さっきの話をすると
きてよかったねと妻は笑った。