2022年

陽炎が公園の遊歩道を揺らす午後
日陰を求めて並木奥のベンチに腰掛けると
ひんやりとした風が心地いい

 

東京オリンピックはよかったと
隣に座った老人は呟いた

 

ベンチは並んでいたが
距離は離れている

 

それでも独り言が聞こえるくらい
静寂だった

 

老人は古い新聞を懐かしむように
広げると、分厚い老眼鏡をとりだした。

 

東京オリンピックというともう58年前
ずいぶん物持ちがいい人だと彼は感心していると

 

老人と目があった。
よほど凝視していたのかと気恥ずかさで
おもわず ずいぶん古い新聞ですねと
声をかけた。

 

オリンピックはどうだったね?
老人は静かに問うた

 

いや僕は
まだ生まれていませんよという
かわりに。
2年前のオリンピックは
残念でしたと答えた

 

あの日からウィルスの変異は激しく
手当が遅れたこの世界では今でも
問題を引きずっている

 

うむ たしかに惜しかった
しかし、あのオリンピックは近代でもっとも
美しいものだった。メダルの数とは関係なく。

 

梢の葉擦れが時間を埋めた

老人が何を言っているのかは
わからなかったが

あれが最後のオリンピックになった
事実はかわらない。

 

そろそろワーキングタイムが
始まる、彼は老人に別れを告げて
仕事に向かった。