陽炎が公園の遊歩道を揺らす午後
日陰を求めて並木奥のベンチに腰掛けると
ひんやりとした風が心地いい
東京オリンピックはよかったと
隣に座った老人は呟いた
ベンチは並んでいたが
距離は離れている
それでも独り言が聞こえるくらい
静寂だった
老人は古い新聞を懐かしむように
広げると、分厚い老眼鏡をとりだした。
東京オリンピックというともう58年前
ずいぶん物持ちがいい人だと彼は感心していると
老人と目があった。
よほど凝視していたのかと気恥ずかさで
おもわず ずいぶん古い新聞ですねと
声をかけた。
オリンピックはどうだったね?
老人は静かに問うた
いや僕は
まだ生まれていませんよという
かわりに。
2年前のオリンピックは
残念でしたと答えた
あの日からウィルスの変異は激しく
手当が遅れたこの世界では今でも
問題を引きずっている
うむ たしかに惜しかった
しかし、あのオリンピックは近代でもっとも
美しいものだった。メダルの数とは関係なく。
梢の葉擦れが時間を埋めた
老人が何を言っているのかは
わからなかったが
あれが最後のオリンピックになった
事実はかわらない。
そろそろワーキングタイムが
始まる、彼は老人に別れを告げて
仕事に向かった。