春秋

彼女は食事を少し残す。
それは子供のころからの習慣だった。
 
どんなに好物なものでも、
万人が美味しいと唱えるものでも
同じ。
 
給食でも、友達の誕生会でも、
親族との食事会でも少しだけ
彼女は食べ物を残す。
 
もったいないから全部食べなさいと
大人に言われたこともあったが
彼女は変わらなかった。
 
(なぜ食べ物を残すの?)
 
放課後、顧問の教師に聞かれたことがあった
 
絵に没頭していた彼女の細い肩は
声の方にそっと体をおこした。
前髪から覗く大きな瞳で静かにみつめられた。
 
若い先生だけど真面目でいい先生だなと
思っていたから、彼女も正直に答えた。
 
好きなものだから全部食べたい
でも食べてしまうと、満足してしまう
 
少し残して我慢したら、気持ちが残った。
食べたいという気持ちが食べ物を思う。
 
きっと満足したら忘れてしまう。
何を食べたかも忘れてしまう。
 
その答えに半分わかったような、わからかったような
顔で、その日は一緒に彼女と帰った。
 
だいぶしばらくして
彼女は家族を持って、結婚して、
人生の終わりを迎えようとしていた。
 
そんな 忌まわの際で
その生徒の言葉を思い出した。
 
いい人生だったと満足している自分と
いったい何があったのかを思い出せない自分
 
あのあどけない彼女は
そのことを言っていたのかとぼんやりと考えていた。
 
満足してしまうと何も残らない。。