帰巣

気がついたらみんなそんな気持ちになっていた。
 
それまで打ち込んできた仕事や学業も
 
祈り続けた宗教や
想いを募りつづけた気持ちも
 
どこかに押しやって
 
世界中の人々が朝起きたら
そんな気持ちになっていた。
 
『帰らなきゃ』
 
一度は神様に身を投げ出した人も
国に忠誠を誓った防人も
火薬を装填した武器をそこそこに
 
朝起きたら そわそわして
みんなそんな気持ちになってしまった。
 
『今まで何やってきたんだ』
 
(そんなことより 大切なものがあるじゃないか)
 
汐が沖へ静かに退くがごとく
多くの人々は故郷に帰りたいと思った。
なつかしい我が家を目指して
 
『帰ろう 帰ろう』
 
帰ってどうなるのかわからないが
どうしても帰りたくなってしまった。
 
若い人も老いた人も
男性も女性も関係なく
 
みんながそれぞれの故郷へ戻っていく。
 
こんなことがあるのだろうかと
テレビの司会者は解説者に投げかけたが
解説する間もなく解説者は帰ってしまった。
 
東京駅はなんとなく暮れの大帰省を思い出す光景だが
 
ただ違うのは、みな 大荷物もなく、急がず慌てず
それぞれの思いのままに 静かに故郷を目指す気持ちで
満たされていた。
 
 
(ただいま)と(おかえり)のために