アポロの頃

「鉄パイプはやめて」 彼女はそう言った。
「殴られた相手は怪我するわ」 とも付け加えた
 
彼は驚いたようにふりかえると
西日がアパートの壁に忍び込む。
 
小さな部屋だった。
雨が降れば、雨音が
隣人が歌えば歌声が
二人の生活に割り込んでくる。
 
「楽しい部屋だわ」 
彼女が始めて訪れたときにそう褒めてくれた。
 
それでも
何も持たないまま、暮らし始めた二人の生活は
貧しい。
 
田舎の仕送りもとっくに途絶え、
わずかな二人の稼ぎでこの数ヶ月は凌いできた。
 
休講が続き、行き場のない学生達は
体制の流れに引きずられながら
連帯感を募らせていた。
 
少し痩せたか? 彼は思う。
もともと弱い体の彼女を気遣う。
 
そして
いつまでも、こんなことをしてられない
とも思うのだ。
 
「わかった」 と凹んだヘルメットを持ち上げて
彼は仲間との約束の時間にむかう。
 
オレンジ色の西日を背に
「いってらっしゃい」 
彼女は明るく彼を見送った。
 
「すぐかえるから、すぐ」 彼は心の中で呟いた。