バリカン

見知らぬ国の見知らぬ町にて
髪を切ることにした。
 
路地裏の
古い扉を押して入ると
薄暗い店内には
 
機械式の座椅子に、
緑青淵の少しくすんだ鏡、
タイル張りの洗面台、
小さな薬箱の隣には
剃刀のなめし皮がひっかけてある
 
たしか
バリカン用のオイルも
並んでいたかもしれない。
 
誰もいないようなので、声をかけると
奥から眼鏡を拭きながら
背を曲げた店主がでてきた。
 
真ん中の席に案内され、
エプロンを首にかけられると
どうするか?と聞くので
適当にやってくれと
なげやりに応えた。
 
初夏の陽だまり達は窓辺に飾られた
ガーベラを透き通って
足元でゆったりと遊んでいる。
 
どのくらいの時間も
ここには存在せず、
 
心地よい拍子の鋏と
振り子時計の刻音だけが
鏤められるだけの世界だった。
 
大きな真空管ラジオからこぼれる
聞き覚えのない歌も
幻影のようなものだ。