Étude No.3

 
まだ旧校舎があったころ
 
放課後、部室の前で彼女は
楽譜を忘れたことに気付いた
 
古い講堂横の狭い階段を通って教室に戻ると
まだ何人かがクラスに残って喋っていた。
 
彼女の顔を見つけた友人が笑いながら
戻ってきた目的を言い当てると
ばつが悪そうに彼女は机の中から
楽譜を取り出しニッと笑って教室をでた。
 
もう前ほどの強い日差しはなく
プールの水面には無数の落ち葉が浮かんでいる
 
ショパンの曲を音楽室で弾いているのは
誰だろう?
 
誰かが誰かにお別れを言ってるのだろうか?
 
彼女は踊り場で耳にしたピアノが気になった。
そして自然と足は音楽室へ向かっていた。
 
せつない旋律は強くなり弱くなりがら
時間の流れを止めるようにさえ感じた
 
渡り廊下を通って、新校舎の冷たい階段を
昇りきる頃には中間部を終えて主部に戻っている。
 
音楽室にたどり着くまえに
その曲はちょうど終わったところだった
 
誰かが中から出てくるのではないかと思って
少し胸が苦しくなったが、誰も出てこない
 
思い切って静かに部屋の扉を開くと
 
向かいの校舎の窓に照り返した
オレンジの光が音楽室全体に広がっていた。
 
だれもいない。
 
そっか
 
だれもいないのは
だれかがやはりお別れを伝えたかったのだと
そしてその気持ちは残ることなく消えたのだと
彼女は思った
 
彼女は階段を下りることにした。