見えないものの影

 

来週から学校に行かなくてもいいらしい
水曜日の午後、友達との話題はそれで持ちきりだった

 

じゃあ毎日野球したり釣りしたりしてもいいの?
もうすぐ春休みだというのに2週間も前倒しで
休みがくるなんて彼は心が躍った

 

家に帰って母親にそのことを伝えると
両親とも困った顔をしている
なぜだろう?

 

翌週から早速、休みに入ったのはいいが
外に出てはいけないという。

 

想定外の話で彼は驚いた。
しばらくはおとなしく部屋にいたが
友達はどうしたのだろう?
ふと思う

 

世界中に見えないウィルスが蔓延しているらしい
そんなに小さいんだったら平気だよ
彼は部屋を抜け出して公園へむかったが
知っている子は誰もいなかった

 

長身の女の子が一人ブランコに揺れている
知らない娘だけど彼は声をかけると
大きな瞳の彼女も同じことを考えて
部屋を抜け出してきたのだと言う

 

しばらく話をしたあと二人はそれぞれの
家に戻ると母親は大きな声で彼を叱った。

 

その声に驚いたのか父親も書斎から降りてきた
そして彼に静かにこういうふうに言った。

 

見えないものこそ気を配らなければならないんだ
なぜならばその影が世界中の人の命を奪っている
よくわからないものこそ安易に扱ってはいけない
あとで後悔しないためにも今はみんなが協力して
我慢しなければならない

 

その後、元の生活に戻るまでだいぶ時間がかかった
大人になった彼は、時計台の下で
ぼんやりと車のライトの列を眺めている
あれから何度か、みえないものの影は現れたけれど
世界は協力して立ち向かってきた。
交差点の向こうで長身の彼女が彼を見つけて笑顔で手を振る。
彼もまた笑顔で彼女に手を振ると、信号は青になった