昨夏

 

仕事からアパートに戻ると結婚式の招待状が投函されていた

冷たい部屋でコートのまま彼女は封を切りぼんやりと
差出人を眺めている 

 

「誰がこんないたずらを?」

怒っていいのか泣いていいのか
宛先のない気持ちがぐるぐると巡る 

 

「またそんな顔をしてる」

彼はそんな言葉で彼女を叱り、励ました
それぞれ別の日が訪れるとは思いもしなかった。

 

彼女はもう一度部屋を出て駅の方に向かう

商店街は週末を楽しむ人々で
賑わっているのに、彼女にとっては
なんの関わりもなかった。

 

翌朝はよく晴れた。
海岸線を彼女は歩いている。
怒りは憎しみに、涙は悲しみに
変わらなかった。

 

やはりただ空虚だけが浮かんでいる
岬の向こうまで歩くと昨夏の二人に
会えるようなそんな気がした

 

「私はどんな顔をしてたの?」

彼女は気を取り直してお祝いを告げるために
彼に問いかけた

 

高台の赤い屋根の家から
ピアノの練習曲がこぼれている
自信に満たない演奏を彼女はしばらく
波打ち際で裸足のまま聞いた。