マイホームタウン

郊外の顧客との商談はまとまらなかった。
 
彼は各停のまばらなホームから
着いたばかりの電車に乗り込む。
 
席は空いていたが座る気分にもなれず、
彼はぼんやりと窓から外を眺めていた
 
夕景のベッドタウンはやさしい。
 
車間調整のためか、電車は速度を落とし始めると
しまいにはのろのろ運転になった。
 
踏み切りの警報音が遠くから近づいてくる。
国道を横切る車内から見えたのは
遮断機越しの数台の自家用車と
ベビーカーを押した小柄の女性だった。
 
ん?
妻と娘?
 
彼はその姿がとても似ていたので
少し驚いた。
 
そういえばすっかり利用しなくなったが
この沿線に若いとき、彼らは住んでいた。
 
まだ娘が生まれたばかりのころで
古いアパートを間借りして、安い給料だったが
初めての子育てに追われる若い夫婦だった。
 
日々格闘だったが
今想えば幸せのど真ん中にいた気がする
 
その後、娘は親元を離れて旅立ち
妻は里に戻り、親の介護をしている
 
彼は日々の暮らしにあきらめを感じていたが
あのころの自分たちを否定することはないと思った。
まだ取り戻せるはず。。
 
彼はもう一度、顧客にアポイントを試みようと思った。
すると 電車は再び速度を上げて走り出した。