無塵仏

温度・湿度・照明・気圧、酸素濃度などが管理・調整され
微生物や塵が発生しないように施された部屋をクリーンルームと呼ぶ。
その中には作業ロボットが医薬品や半導体の素子を24時間作っている。
 
人が中に入ることは発塵の観点から少ないが
やむえず中に入る場合は、全身を覆った無塵服の着用が
義務づけられ両目だけが頭巾からでている状態になる。
 
20年前、近代クリーンルームの魁のころは
多くの作業者がロボットと一緒に働いている時代があった。
 
工場の保守点検会社で働くA氏(男性、50才、単身赴任)は
誰よりも早くきて、誰よりも遅くまで奥のブースで
設備の点検作業を行っていた。
 
堅物で生真面目な彼は同僚と交わることもなく
文句も言わず、通路に背中を向けて座り込んだまま
黙々と作業を行っていた。
 
最初のころは声をかけていた同僚達もしだいに
声をかけることはなく野仏のような存在として扱うようになった。
 
そんな状態が何年もつづいたころ、工場の改築からA氏のブースは
閉鎖することとなり、
 
ここまで永く携わってくれた彼に労いの気持ちもこめて
工場長自らA氏のブースを訪れ、A氏に語りかけたが何の返事もない。
 
そっと肩にをおいた工場長はふと驚きの表情をつくり
隣にいる部下の部長に静かに話した。
 
A氏がいつ亡くなったのかはわからないが
この設備のおかげで腐敗することなく木乃伊になってしまっていたようだ
 
部下は合掌し構内電話の受話器をとった。