帰り道

学校から帰ると挨拶もそこそこに
彼はランドセルを脱ぎ捨てて
 
近くの書店へ毎月読んでいる漫画雑誌を
買い求めに駆けこんだ。
 
にもかかわらず、雑誌は
その日に限って売り切れている。
 
発売日を何日も前から楽しみにしていた彼は
少し遠くの本屋まで行ってみることにした。
 
以前 駅前のバス停から母親と帰るときに
見たことがある場所だ。
 
たぶん行けるという自身よりは
どうしても読みたいという気持ちが
勝っていた。
 
辻をまがり路地を抜け、
知らない商店街を通りながら
一時間ほど歩いたにも関わらず
まだたどり着かない記憶の場所に
彼はだんだん不安を感じて来た。
 
オレンジの雲はちぎれて遠くへ たなびく
とうとう本の代金を諦めて
ポケットの中から小銭をだして
酒屋の前の赤い公衆電話から自宅へ電話をかけると
 
少し曇った呼び出し音のあとに
母親がでて
おまえのことはいつも心配してる。
ちゃんとご飯はたべるんですよ
 
こんどは父親が
大変かもしれないけれどがんばってきなさい
困ったことがあったらまた電話しなさいと
言った
 
彼はそんなに遠くへ来たつもりではなかったのだが
いつの間にか親元から離れて
戻れないところへ来てしまったことに
気がついた。
 

それから彼は知らない町で真面目に働いて
家族を持ち、家を買い、人並みの幸せを手にはしたけど
 
霞む空が夕闇に沈むころには
 
あのとき、ちゃんと帰り道をおぼえておけば
戻れることができたのかもしれないと
 
戯れに思うことがある