コスモス

朝 目が覚めた。
秋晴れの静かな朝だった。
 
彼女がこの家を出て行くという朝だから
少しでも早く起きて
父の威厳を示そうと思っていたのだが
二度寝してしまい、家族では一番最後になったのもばつが悪い
 
すっかり片付いた娘の部屋を横目に
階下に下りていくと
 
用意された朝食の前にすわる。
 
9時には迎えの車がくるからと
娘も妻もわさわさとあわただしい。
 
「その〜あの〜」と言葉だけが喉にひっかかり
それを白飯で押し込む。
 
日曜日の朝のテレビというのはこんなにつまらないものだったかと
リモコンをテーブルの上に置くと
 
身支度を終えた娘は、隣に座り 挨拶めいた真似を始めた。
 
たくさんの時間をかけたようで、あっという間の時間だった。
「あ 新聞」なんて言いながらヘラヘラと縁側へ立ち上がるその
一歩、二歩の合間に涙が止まらなくなった。
 
(あ〜。いかん〜っ)と自分を蹴飛ばしながら
大声で泣きたくなった。
 
どんなに辛いことがあっても今までこんなことはなかったのに
人生で始めて泣くような気分になった
 
妻は子供じゃないんだからと怒り出すと
こんな子供がいたら大変だと訳のわからない言い訳が余計に
ばかばかしくなり、
 
「父も耄碌したものだわ!」母の悪態に鞭をうたれつつ
娘が肩越しにそっと渡した白いハンカチを手にすると
 
「私もお嫁にいかない。。」と彼女まで泣き始める
 
そんな似たもの父娘に妻は呆れ顔で
「じゃあ 二人とも家にいなさい 私だけ行ってくる!」と
啖呵を切られ、さっさと朝食の片付けを始めた。
 
小さい頃から優しい心の持ち主だった娘と過ごした時間は
わずかなものだったが
彼にとってはたくさんの宝石が詰め込まれたような豪華な贈り物だった。
 
空が高いなぁと仰ぎ見ながら 預かったハンカチを娘に返し
静かに、彼はつぶやいた
 
「ありがとう」
 
娘はそのショートカットの髪をコスモスのように肩でゆらして
よそゆきのお辞儀を披露してくれた。