オレンジの部屋

西向きのアパートの階段は、表についてたから
誰かが上り下りすると、カンカンと鳴ってすぐわかる
 
少しの間でも未来を見据えようとする女の部屋に
夢ばかりを語るどうしようもない男が転がり込んできたのは
焼けた雲がたなびく一年前の今頃だった。
  
女はときどき、その男の夢に乗って、
そこから垣間見える未来に憧れていたし、
男は自分の語る夢が明日にでも実現できるかのように思えて、
そんなときの二人は幸せだった。
  
ときには大学の仲間やら、田舎の友人らが彼らの部屋を訪ねてきては
お祭りのような騒ぎをおこし、近所に迷惑をかけることもあったが、
普段の二人は静かにひっそりと暮らしていた。
 
それでも、しだい二人はそれぞれの存在が重荷になってきた。
  
喧嘩する日々が増えて、だんだん口数も少なくなってきたある日
田舎から親が倒れたという連絡を受け取った彼女は
翌日、鞄ひとつで実家に帰ってしまった。
  
それから数日たっても何の音沙汰もない。
  
自分の夢を語るよりは二人の夢を語るべきだったのかもしれない
今ごろになって彼は等身大の二人を見比べてみる
幸せとはそれほど難しいものなのだろうか?
 
夕陽が奥まで射し込んでくると部屋はオレンジ色になる 
  
短い夏を鳴き通す蝉の声にまじって、
学校から帰った近所の子供達の集う声が聞こえ
 
しばらくするとその子を呼ぶ母親の声が
夕食の献立の匂いと共にこの界隈を満たす
 
秋の虫の音と慣れない職場の疲れが睡魔を誘うとき
耳慣れた靴音がカンカンと聞こえたような気がする。