10代のころ
彼は小さな中古のバイクを買った。
バイク屋の親父は胡散臭そうな目で彼を眺めては捨てるようにキーを渡した。
それでも彼は満足だった。
会社の二階に部屋を借りて彼は一人で住んでいたから、いつも自由で孤独だった。
小さなバイクの小さなエンジンは夜の交差点で
首を絞められたヤギのように鳴きながら加速した。
ギアの入れ方も覚束ない彼は交差点の発進がもっとも緊張する瞬間だった。
日赤通りをずっと下って、もう自分が知らないところまで
ひたすら走っていこうと、ある日思った。
鼻の先で冬の訪れを感じながら、アクセルをまわすと
すぐに60km/hを超える。
すると目は涙でいっぱいになり信号は、屋台の灯りのように滲んで見える。
髪の毛の毛穴まですっかり冷え切ってしまうくらい
彼は我も忘れて鬼のように、駆け抜けていく。
誰もいらない。何もいらない。
それに
夢もないし、未来もない。
小さなヘッドライトの灯りはその鳴き声と共に県境の峠の奥に消えていくと
褐色(かちいろ)の北空に、星が二つ流れた。。