2032年

ちょうど夕方のラッシュアワーに掛かったころだった。
混みあった車内は少し窮屈だったが、もう少しで乗り換えの駅につく
それまでの我慢と思えば彼も少しは気がまぎれた。
 
それにしても
ホームにたどりついた車両はなかなか発車しなかった。
スピーカの調子が悪いのか少し篭った声で車内アナウンスが流れた。
 
お急ぎのところ誠に申し訳ございません。
大規模停電回避のため、政府からの要請でこの車両は一時運行を休止します。
改めてご案内させていただきますまでご乗車になってお待ちください。
 
一挙に乗客の顔色は曇った。
 
携帯を手にするもの、一時ホームに降りるもの、黙って吊り広告をにらむもの
それぞれが思案していた。
 
彼の場合、急ぐ用もなく、待っている家族もいなかったので、
思い切って、電車はあきらめて歩くことにした。
 
もしかすると数分後に復旧して動き出すかもしれないが、
数時間はこのままかもしれない。
 
計画停電の無計画さにはいい加減うんざりだったし
最悪の場合を考えると、このエリアから離れることが好ましかった。
 
改札では入場制限をしていた。
ホームに入れない乗客もまた再開のアナウンスを待たなければいけない。
 
とぼとぼと第一京浜を歩きながら大橋を渡りきった頃
ズンという空気が背中から伝わってきた。
 
どうやら先程のエリアそのものの送電を政府は切ったらしい。
墨で塗られたような穴の街がそこにある。
 
数台の高級化石燃料車が我が物で駆けていった。
 
このごろ、富裕層で人気らしいが
普通のサラリーマンには手が届くものではないし、
化石燃料そのものだって、なかなか手に入らない。
 
空は夕映えの雲を残して、今日へのさよならをしている。
それを仰ぎ見て彼は少し急ぎ足になった。
 
街灯も日中の太陽パネルで充電した分しか持たない。
暗闇はどんどん背中から押し迫ってきていた。