あの桜の木も切り倒したのか

小さな不動尊の祠の道路越しに
古い文化住宅が軒を連ね
その傍らに黄色いペンキで塗られたブランコ、
それを見守るように大きな桜の木があった。
 
おそらく樹齢100年以上に違いなく
春の日は多くの桃白色の花を
咲かせ人々を和ませたに違いない。
また、ブランコに乗る幼子達の声が
桜の木を和ませたことだろう。
 
秋の日 文化住宅は役目を終えて取り壊しになり
地域は区画整理の対象となった。
 
いくつもの重機が投入され、文化住宅の壁は捥がれ
構内のアスファルトは剥がされ
黄色いブランコは引き抜かれ
あの桜までにも粛清の手が伸ばされた。
 
明日切り倒されるという日の晩
桜は泣いているようだった。
泣いて泣いて これまでの出来事を
憂いているのかもしれない。
 
するとうす雲を割って月の明かりが静かに射した。
これまで一度も見たこともないほどの美しい光景だ。
いつのまにか葉は新緑となり、
芽を伊吹、花を咲かせ、散らした。
その幻想的な光景は桜の一生分だったかもしれない。
 
翌日、当直の若い工事主任は
その日の日報をそのように綴っている。