小さな手帳

夫が愚痴っぽい人だと気が付いたのは
結婚してしばらくしてからだった。
 
結婚する前は明るくて楽しげな人だと
思っていたが、一緒に暮らし始めると
 
仕事のことや親族のこと、近所の道路工事だ
昨日のテレビだといつも彼は愚痴を吐いている。
 
最初のうちは相手をしていたのだが、
だんだん話しに乗れなくなると
彼女は彼の愚痴を背中で聞くことにした。
 
愚痴ぐらいどうでもいいじゃんと
学生時代の友達は慰めてくれる。
 
確かにギャンブルをするとかお酒とか
タバコとかの嗜好もなく、
女遊びもしないまじめな人なので
愚痴くらいがまんすべきかもしれない。
 
そうやって毎日、彼女は背中で彼の愚痴を
聞き流してきたある日
夫はあっけなく交通事故で逝ってしまった
 
近所の道路工事の縁石に乗り上げた車が
ハンドルを誤って帰宅途中の夫をはねてしまったのだ
 
皮肉な話だ。
 
しばらくして、遺品を整理していると
小さな手帳がでてきた
 
中には仕事のことや親族のこと近所の道路工事やテレビのことが
小さな字でメモしてあった
 
趣味もなく遊ぶこともない口下手な彼にとっては
こうやってひとつずつ妻に話しかけるネタを記してたのだと
思うと、そんな特別なことでなくてもよかったのにと
彼女は背中越しに返事をした。