地図にない国

海図をいくら見ても、そこにはなにもない。
世界地図を開いてもそこは海だ。
グーグルアースは残念ながら雲がかかって見えない。
 
だが、
目の前には忽然と陸がある。
若い航海士の彼にとっては信じられないことだった。
 
船は昨夜、突発性低気圧のため
大きく航路を変更しなければならなかった
 
一晩中、嵐の中で操舵された貨物船は
奇跡的に座礁することもなく朝を迎えた
 
若い彼がそのことに気づいて、何度も確認したが
GPSは同じ値を指している。
 
まさか21世紀になって新大陸発見などがあるわけもない。
彼は操舵室のキャプテンシートを目指した。
 
船長は双眼鏡ごしに陸の地形を眺めて言った
(ここはいったい)
 
そうこうしているうちに小さな船が近づいてくる
遠目で見ても恐ろしく古い形の船だ
 
いつのまにか下から年配の機関長が上がってきて言った
(すぐにここから離れなければなりません)
 
どういうことだと船長は振り返った
 
(あれはゴーストですか?)と若い航海士はおもわず聞いた
 
機関長は静かな声で
我々の船は昨夜、他国の領海まで流されてしまったようだ
このままここに居ると厄介なことになる。
速やかにもとの航路に戻らなければなりません。
と告げた。
 
陸からの船は肉眼で確認できるところまで近づき、
何語かわからぬ言葉で投げかけている。
小さな機銃が見えるところをみると
ただの船ではないようだ。
 
船長はおもむろに、船を沖合いに戻すように発令すると
プラズマエンジンは加速し外洋へ向かった。
 
旧式のレシプロ船は追いつくこともなく
我々は面倒なことを後にした。
 
(あれはなんなんだ?)と船長は機関長に聞いた。
 
あれはもうずいぶん前に、世界から干された国。
もともとは豊かな国で交易もあったが、偏見思想が国を覆い
世界で最も優れた民族と誇示しているうちに、
あきれた他国から見切りをつけられて
国際社会から抹消されてしまった。
国の存在さえも世界史には記されていない。
 
君が言った幽霊というのはあながち間違いでもないかもしれない。
パイプを軽くたたいて機関長は新しいタバコに火をつける。
 
船長は海図をまじまじと眺めながら、困惑した顔をしている
 
そんな国があったのだと、若い航海士は航跡の向こうの
名もない国について想いを巡らした。