すれ違いの記憶

 
そのバーは駅から少し離れた
古い雑居ビルの中にある。
 
照度をおさえたサインポール
からエントランスを抜けると
広葉樹の厚いカウンターの向こうに
バーテンダーが澄まして
迎え入れてくれる。
 
奥はボックス席になっているが
大抵の客は木のぬくもりが感じられる
カウンター席に腰を下ろす。
 
ピーナッツを摘んだり
ラムのロックを含みながら
短い時間は過ぎていく。
 
コルトレーンの古いレコードが
それを邪魔しないように
静かに流れる。
前に来た時は 雪だった。
いや 冷たい雨だったか
ふと忘れた記憶がすれ違う。
 
誰かと一緒だったか
ひとりだったか
 
記憶なんてものはあてになど
なりゃしない。